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セイバル遺跡(Ceibal)の調査から、狩猟採集から定住生活の移行に関する新たな説

セイバル遺跡(Ceibal)の調査から、狩猟採集から定住生活の移行に関する新たな説

アリゾナ大学の猪俣氏(Takeshi Inomata)と、トリアダン氏(Daniela Triadan)によるグアテマラ、セイバル遺跡(Ceibal)の調査結果から、狩猟採集から定住生活の移行に関する新たな説に関しての報告がありました。


狩猟採集から定住生活への移行に関する定説として、
『狩猟採集民と定住生活民は、それぞれのコミュニティーは維持され、そして、定住生活後に公共建設としての祭祀センターなどが建設されたというもの』

しかし、この定説に対して、今回のセイバル遺跡での調査結果から、違った側面を提示したようです。
『狩猟採集民と定住生活民は、ともに祭祀センターの建設を行った』というものです。


具体的な内容は、以下のようなものです。
セイバル遺跡では、現在、紀元前950年まで遡ることができる。
しかし、セイバル遺跡において、定住といえる証拠は、とても少ないということ。
その結果から、セイバル遺跡における祭祀センターを、建設した当時は、まだ狩猟採集生活を送っていたという事になります。

またこの地域に、定住した人々の数は、少なく、祭祀センターを建設するのに、定住生活者だけでは、力が足りず、狩猟採集民と協力して建設に従事したと考えられるとこの事です。

さらに、この建設事業を契機に、結束が高まり、定住へと移行するというものだそうです。

マヤ文明における、定住への移行は段階的なもので、そして完全な定住生活(トウモロコシを主とした農耕生活)へと移行するのが、紀元前400年から300年だということです。

この見解から、調和の中で、社会が形成されたというとも、魅力的な社会形成だと猪俣氏もコメントしているようです。
確かに、人々が協力し合う中で、社会が発展していくことは、とても平和的で魅力的に感じます。


詳しい原文はコチラになります。
http://www.sciencedaily.com/releases/2015/03/150323162352.htm

セイバル遺跡(Ceibal)の調査から、狩猟採集から定住生活の移行に関する新たな説 セイバル遺跡(Ceibal)の調査から、狩猟採集から定住生活の移行に関する新たな説 Reviewed by ixbalanque on 21:07 Rating: 5

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